「田中正造」(花と怒り その1)

ところで、この絵の題名に冠した(というか、身の程わきまえず横着にも名前を使わせていただいた)田中正造翁について、話は数十年前へと遡る。
大学受験の頃、心の奥では美大に行きたかったが、「絵なんかで食えるわけがなかろう、お前は教員か公務員になるのがいい」という親や周囲の期待に抗えなかった。
意気地無しで日和見な、めちゃしょぼい若者だったからだ。
(タイムマシンがあったら乗ってって、その頃の自分を足腰立たんくらい叩きのめしたいと常々思う)

美術の次には社会科が得意だったという理由で、熊本大学の文学部に入り、なんとなく社会学を学ぶことになった。
担当の教官が長年、水俣病に取り組んでいたので、しぜんにそれと関わる物事を教えられた。
「あーあ、公害や環境問題とか企業や国家の不正とか、差別や偏見のこととかぜーんぜん面白くないなあ...思う存分、絵を描きたいぞ...」とぼやき、芸大生をうらやみながらも、根は意外と真面目なのでそこそこ勉強した。

勉強する中で、この人は本当にすごいよなあ、大したもんだ、頭が下がる。という人物を何人か知った。
知って、自分が生きる大切なよすがとなった。
田中正造はそんな人たちの中の筆頭だ。

社会の先生にでもなったのなら、彼のこと、生徒にじっくり話して聞かせよう...などと考えていたけれど、よもや絵描きになって、ヘンテコな絵にするとはこれっぽっちも思わなんだ。

「つか田中正造ってどんな人なん?」
あ、すまん。説明不足で。
そんな御仁は、とりあえずは古書で安く手に入る「田中正造の生涯」林竹二(講談社新書)を読むといいという気がする。

ちなみに林竹二(教育哲学者)の本は他にも数冊持ってるけど、彼の授業を受けてる子供らの顔、それが素晴らしくいいっちゃんねーっ。
「なんやこのおっさん...」って斜に構えてた女の子が、授業が進むにつれ少しずつ前のめりになり、キラキラと目を輝かせる。
肩をいからせメンチ切ってたパンチパーマのやさぐれヤンキーの表情が、だんだんと背を丸め目を伏せ仏様みたいに穏やかになる。
人物画を描く時の大事な参考資料だぜ。