「おれの日常、お前の日常」

ずいぶんと昔ベルギー住まいだった頃、柄にもなくパリに拠点を置くイラストレーターのエージェントに名を連ねていたことがあった。他のメンバーはエール・フランスだとかエヴィアンだとかの大きな仕事をもらってスポーツカーなんかをビュンビュン乗り回していたけれど、こちらにはとんと仕事が来なくって中古の自転車をギコギコこいでいた。

ある日のことエージェントのボスが「お前のイラストは強すぎて広告の仕事にはあんまし向かない。が、絵はいいので個展をやってみないか」と電話をかけてきた。サン・マルタン運河沿いに知り合いが本屋をやっていて、ギャラリーも併設してるのでそこに掛け合ってみるという。

数週間後、その本屋を訪ねることになった。主人はパリのインテリを絵に描いてオルセーに飾ったような一回り年上の男だったけど、なんでか気が合ってさっそく個展をやることになった。
 
個展最初の日。オープニングのパーティが始まるとゆっくり食べてる時間はないので、近くのアラブの総菜屋さん(小さな店だけど奥にちょっとした食事のスペースがあった)に腹ごしらえに行くことにした。野菜を中心に適当に盛ってくれと云うと、ひげのとっても濃い主人が、これはひよこ豆のペースト、こっちはイタリアンパセリ、それはちょっと辛いよ、などとひとつずつ説明しながら皿に盛ってくれた。夕方の忙しい最中ひょっこり来た東洋人に丁寧に接するのだから、それは彼の普段からの態度なのだろう。自分の仕事を誠実にやってる人を見ると頭が下がる。

それまでにけっこうレバノン料理は食べていたけれど、そこのはかなりうまかった。ちゃんとしたレストランにも負けてない。胃袋と心がとても幸せになって、そのはずみで帰りしな、持ってた個展のチラシを手渡した。キョトンとしてる彼に「これからオープニング。気が向いたらあとで一杯飲みに来なよ」と言いそえた。
 
さて、個展会場へ行くと件のエージェントの日本支部お披露目パーティを兼ねていたこともあって、とてもたくさんの人が集まっていた。用意してた120本のビールがすぐになくなって、買い足しに行く羽目になった。業界人っていうんだろうか、グラフィックデザイナーやファッション誌の編集者など晴れがましい人が多く、テレビや雑誌で見なれた”個展のオープニングパーティ”そのものの雰囲気だった。まったく慣れぬ雰囲気だったので肩身が狭かった。その上、質問好きで議論好きなパリジャンのこと、どんな難題をふっかけられるかわかったものではないので、できるだけ目立たぬよう、人と目を合わせぬようにして、ただ時間が過ぎるのを待った。けれど一応は主役の身、当然の如くつぎつぎに人が近づいてきて、いろんな感想や質問をなげかけてきた。

酔っぱらったスウェーデン娘から「あんたは三島(由紀夫)そっくりだー」と言われた。
弁護士やってる睫の長い男に「君の絵はほんっとにいい!」と見つめられ、タンゴ習ってるというマダムに作品のタイトルについて根掘り葉掘りきかれた。たくさんの人と話した。話してると、酔いがどんどんまわりフワっとなって、それまで居心地の悪かったその場の雰囲気にだんだん自分が溶け込んでいってるというのがわかった。
「ああ、こんな風にチヤホヤキラキラしてるのも気持ちいいよなあ...」

と、ちょうどそんな時「ムッシュ!ムッシュ!」と、背後で呼ぶ声がした。
振り向くと、総菜屋の男が立っている。
使い古されシミのついた仕事着のまま、晴れやかな人々の中にただ一人、彼だけがその日常をぶらさげている。
真っ白なギャラリーに、黒く肥えた土がどすんと投げ入れられたかのようだった。

それで突然、酔いが覚めてしまった。
男の濃い真っ黒な髭が「おまえは今夜ここでこうしてるが、明日からはまた、人が惣菜をつくるようにひたすら絵を描かねばならぬ」と告げていた。

さて、それから十数年、毎年どこかで個展をひらいて、毎回オープニングパーティやって、毎度酔っ払ってへべれけになるけど、いつだって会場の隅にこの髭の男が立っている。
ああ、レバノン料理が食べたい。

「もの知り鶏とひょうたん」(新・西郷その8)

卑怯な官軍の手にかかって息絶えた同腹の志西郷ロボの首に寄り添い悲しみのあまり三日三晩黒糖焼酎をあおり続ける南洲にそんな真似はおよしよ早く立ち直って農民兵を指揮しておくれよと願い出る薩摩地鶏の若頭が言うことにゃほらご覧あの赤車をロシアからコサック兵がウオッカを持ってきたドストエフスキーって銘柄で酔い覚ましになるそうだ、といった感じの絵です。