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花の絵は

草花を描くなんて思ったためしがなかった。
そんなものは年寄りが描くもんだと思っていた。
三十過ぎて日本で初めて個展をやった時も、描いて展示してたのは人物画ばかりだった。

本の装丁をやってる友人が鍋島幹夫という詩人を連れてきた。
目玉がぎょろり、やたら生き生きとしていた。
地を這ったかと思うと、天空高く舞い上がりそうな目玉だ。
そんな眼で絵を続けざまに見ていった。
掛かってる絵はみんな、その両目にがぶりと喰われちまうんじゃないかと感じてびくびくした。

「こうじさんは、花は描かないんですか?」

見終わると、鍋島さんはそう尋ねた。
初対面で苗字ではなく名前を呼ばれたのにも驚いたけど、
それにも増して驚いたのがその声色だ。
丸くやさしく力強い...まるで花の球根みたいだ。

「えっ、花ですか...人物描くのは楽しいし、やり甲斐ありますけど、花は...」

そう返事をすると、ほほえんで、

「花も人もおなじですよ」

といった。

それから十数年たった。
鍋島さんとはなんとなく気持ちが通じて、ちょくちょく会うようになった。
いっしょに旅行にいったり、彼が校長を務める小学校で美術の授業をやらせてもらったりもした。
けれども、あいかわらず花を描くという気持ちにはぜんぜんなれなかった。
人物画の中にひとつふたつ描くことはあっても、それは必要にせまられ仕方なくやったものだ。

五十歳も近くなる頃、大切な人が続けざまに亡くなった。
これは実につらかった...

と、悲しみに沈んでいたら、無性に花が描きたくなった。
これにはびっくりした。

人が歳をとれば必然と、弔わねばならぬ人、花を献ぜざるをえない人が少なからず現れる。
年寄りが花を描くとは、つまり、こういうことだったのだ。

花を少しずつ描くようになった矢先、鍋島さんも亡くなった。
ガンになったかと思うと、特急列車に乗ったみたい、たちまちのうちに逝ってしまった。
結局、花の絵は一枚も見せずじまいだ。

今、花を描いて、描き終わると、たいていはまず鍋島さんに見せる。
彼の目玉は言う。

「こうじさんの花はダメですよ、それじゃあまだ食えないな」

と、いうことで、鍋島さんの詩をひとつ。
H氏賞(詩壇の芥川賞と呼ばれる)を受賞した「七月の鏡」(思潮社)から。

「チューリップのはやし」

チューリップ の はやし は
まど の そば の うえきばち です
きょねん そこ に
せみ を うめ まし た
つぼみ が しきりに くび を まげ
つち の におい を かぎ ます
せみ を のみこむ こんたん です
そう は させ ませ ん
わたし は くび を ねじっ て
むき を かえ ます

チューリップ の はやし を ぬけ て いき たい です
ほそながい しろい くき が さそい ます

チューリップ の はやし は
こんちゅう で も ない の に
むりやり
こんちゅう ずかん に いれ られる
その ような いきものたち の すみか です
だから
かぜ も ない の に
こだち は み を よじる の です

チューリップ の いろどり が
ささやき に かわっ たら
わたし は ふく を ぬい で
こだち の なか へ はいっ て いき ます
あの むしたち と いっしょ に
わたくず の ような す の なか で
ねむる の です

冬個展開始のお知らせ

本日より待ちに待った(という人が8人くらいはいてほしい)冬個展が始まります。
展示作品は女性のポートレートが中心で、その中に若干、男子や草花の絵が混在するといった趣きです。
会場となるのは今秋オープンしたばかりのギャラリー「EUREKA(エウレカ)」で、福岡城址にほど近い大手門、浜の町公園を望むいかした場所にあります。
年末に向け寒さがつのってまいりますが、ふらりと気軽にお越しいただければ幸いです。

「EUREKA」公式FB

あと、お手数ですが、友人知人の方々にメールやfacebook等で広く告知していただければほんとうにありがたいです。

会期:2018年11月24日(土)~12月23日(日.祝) (月・火曜休み)
時間:12:00-19:00
場所:EUREKA 福岡市中央区大手門2-9-30-201
(大手門郵便局の右手が入り口です)
TEL :092-406-4555

※期間中毎週日曜はアジサカが在廊しております

 

 

金子文子シリーズ その16

「けられても ふんづけられて のされても 花をつかんで 生きながらえる」

ところで、長年にわたって作品の写真を撮ってくれてるカメラマンのマッキーが、上の絵をファインダー越しに覗きながら、ポツリつぶやいた。
「なんか山口百恵に似てますね...」

山口百恵について、夫の三浦友和が語ったもので、とっても印象に残っているものがある。
彼の仕事が、家のローンの支払いもままならないほど激減し、不安にかられていたときのことだ。

「そんなときでも、うちの妻は腹が据わっていました。十万円なら十万円の生活、千円なら千円の生活をするだけだ、と言って。いい女房を選んだなとしみじみと感じたのは、あの時期でした」
(『婦人公論』14年11月22日号)

EUREKA

「今度、自分のギャラリーをオープンすることにしたっちゃん」

長年勤めていた老舗の画廊の店じまいの後、しばし充電中だった友達のミッキーがそう話し出した。
「まだ内装の工事中だけど、一度見に来てよ」

近くへ行ったついでに見に行くと、そこは子供らが飛び跳ねてる公園の前、郵便局が入った古いビルの二階にあった。
広くも狭くもない、いい塩梅の白い空間に明るい陽が差し込んでいる。

「どう...かな?」

「いい、いい、めちゃいい!なんかスンとしとる!」

「スン?」

「あ、つまり、いい気配が漂っとる」

「わあ、よかったー」

さて、その場所が今週末から個展をやることになったギャラリー「EUREKA(エウレカ)」だ。
オープンにあわせてFacebookも始めたそうだ。(あたし、SNSとかようわからんっちゃけどさ...といいつつ)

「EUREKA」公式FB

ところで、ギリシャ語で「見つけた!」を意味する感嘆詞である「EUREKA」を別の読み方で読み、その書名とした雑誌がある。
詩と批評を中心に文学、思想などを広く扱う芸術総合誌「ユリイカ」だ。
小説家や漫画家、映画監督などいろんな作家の特集を毎号行っていて、うちの本棚にも何冊か並んでいる。

で、1970代の前半にこの雑誌の編集長をやってたのが三浦雅士という人なんだけど、この人の名を知ったのは遅まきながら10年ほど前、白川静さんが亡くなった後、その追悼特集の本の中でのことだ。

いろんな人が寄稿してたんだけど、彼の文章がすっごく面白かった。
それであわてて何冊かその著作を手に入れた。
うわっ、白い表紙で分厚い本ばかり。

読むと、なんだかしち難しいことばっかり書かれてる。
書かれてるんだけど、その物言いが”かっちょいい”ので、「うひょお」とか唸ってるうちに数百ページ読み進んでしまってる。

たとえばこんなんだ。

「自殺とは自分を殺すことではない。自分以外のすべてに向かって、すなわち全世界に向かって死刑を宣告することである。人間の条件に否を唱えることだ。根源的であるとはそういうことである。
小林秀雄も太宰治もそういう地点から表現しているように見えたのである。「生まれて、すみません」という太宰の言葉は、世界に謝罪を要求しているのであって、その逆ではない。」
(「失うものは何もなかった...」青春の終焉 講談社)

うひょおーっ
つうか、本の装丁といい題名といいカッコつけすぎやろ...

とまあ、そんな三浦の雅士なんだけど、舞踊、とくにバレエに傾倒しまくってるもんだからこっちはたまらない。
カッコよさにつられ手当たり次第に読んでるうち、バレエなんて実際には見たこともない頭に、ベジャールにグレアム、ノノマイヤーといった固有名詞に彩られながら、パフォーミング・アーツの真髄みたいなものが、ずいずい注入されていった。
おかげで一時期、Youtubeでバレエばかり見る羽目になった。

と、そんなわけで、今回の個展の看板にはバレリーナを描くことにした。
(上の写真のコです)

話が長くてすまん。

天体観測

大学2年の春、中国拳法部に身をおきながらも天文観測同好会というのに掛け持ちで入ることにした。
とは言っても、天体のことに興味があったわけではない。
星座だってカシオペア座くらいしかわからないし、月や星へ行ってみたいという人の気持ちも全く理解できなかった。

小さい頃読んだ物語に、子ぶたを乗せたロケットが宇宙の果てを目指してずうっと飛んで行くという話しがある。
子ぶたの行き着いたとこはレンガの壁で、そこには「ここから先は行けません」という札がかかってるというオチなのだが、ひどく恐ろしかった。
レンガ塀に閉ざされた世界というのも恐いし、レンガの壁の向こう側を考えるというのも身が凍るようだった。
そんな具合に、夜空というのは自分にとって、それがきれいな光りを散りばめた、ただの大きな天井であるまではよかったが、”無限の宇宙”となるのは気味が悪く、関わりあうのを避けたかった。

そんな天文嫌悪の人間が天文愛好に転じようとしたのは、その小さな同好会につぶぞろいの可愛い娘が在籍しているとの情報を得ていたからだ。
つまり、拳法部のあまりの女っ気のなさにうんざりし絶望していたので、この部に入り、それに付随した飲み会やレクレーションへ参加して娘たちと仲良くなろうとしたわけだ。
とっても不純だ。
しかし、若者の生き筋としては至極真っ当だろう。
 
部活は週に2回、部長のぼろアパートで行われていた。
畳に不釣り合いな大きな天体望遠鏡が据えてある。
うむ、確かに可愛いコが数人いる。
最初、見学ということで黙って話を聞いていた。
複雑な図面を手に意味不明の言葉で話すばかり。ちんぷんかんぷん、ちっとも面白くない。
そんなことをじっと2、3回我慢してたらやっとこさ新歓コンパの日となった。
一番かっこいい服を着、めかして行った。

ところが酒に酔うと人は正直になるからいけない。
しばらくすると、星などにはまったく頓着しないばかりか、内心、星なんて眺めてる奴らは軟弱だと小馬鹿にしてた”エセ硬派”は、真面目に天文やってる男子部員らと言い争いをはじめていた。

そうして挙げ句の果てには焼き鳥屋の店内で掴み合いになっていた。
酔ってるとはいえ、こちらは組み手をするのが日常なので抑制もきく。
グーはまずいと平手で応戦してたんだけど、相手ときたら加減を知らぬ天文専門が6人。
盲滅法いっせいに殴りかかられ、のされてしまった。

気付くとマンガみたいに頭の上で星がまわってる。
ああ、きれいだなあ...

天文部の部活中、実際に星を見るのはそれが最初で最後だった。

アジサカコウジ冬個展2018「nana sauvage」のお知らせ

今月末より、新作アクリル画の個展を行うことになりました。
公に展示するのは初めての作品ばかりが、大小おりまぜ60点あまり。
意外と見応えあります。

個展のタイトル「nana sauvage」とは”野生の女”を意味するフランス語で、
展示作品は女性のポートレートが中心です。
その中に若干、男子やへんてこな草花の絵が混在するといった趣きです。

会場となるのは今秋オープンしたばかりのギャラリー「EUREKA(エウレカ)」。
福岡城址にほど近い大手門、浜の町公園を望むいかした場所にあります。

年末に向け寒さがつのってまいりますが、ふらりと気軽にお越しいただければ幸いです。

あと、お手数ですが、友人知人の方々にメールやfacebook等で広く告知していただければ大変にありがたいです。

アジサカコウジ冬個展2018「nana sauvage」

会期:2018年11月24日(土)~12月23日(日.祝) (月・火曜休み)
時間:12:00-19:00
場所:EUREKA 福岡市中央区大手門2-9-30-201
   (大手門郵便局の右手が入り口です)
TEL :092-406-4555

※期間中毎週日曜はアジサカが在廊しております

金子文子シリーズ その11

「じょうものと いわれしんじて かったけど これでひとが させるのかしら」

あの、この文子シリーズの絵やタイトルのなんちゃって短歌、何だかいつもちょっぴり殺伐としてますけど、昨今の日本の有様を見るにつけ、悲憤慷慨、切歯扼腕すること甚だしいので、その憂さ晴らしとなってます、自らの精神の安定のためです。すみません。

coco子 その25

みなさん、こんにちは。

いきなりですが、来月末の11月24日(土)から12月23日(日)まで、福岡城址にほど近い大手門に今秋新しくできたギャラリー「EUREKA」にて個展を行うことになりました。

ここ数年の間に描きためておりました新作ばかり、約60点を展示販売いたします。
女の子のポートレートが中心で、その中に若干、男子や草花が混在するといった感じになると思います。
詳細は近日中にまたこの場でお知らせいたします。

これから年末に向け寒さが募ってくるとは思いますが、マフラーなびかせ、ふらりと気軽にお越しいただければ幸いです。

巨大十字架ばあさん

10年くらい前、ベルギーはブリュセルに住んでいた頃のこと、初秋のある朝、何とはなし急に海へ行きたくなった。
さっさと朝食を済ませ、路面電車に鉄道と乗り継いで最寄りの海を目指す。

この国は北向きの海しか持っていない。
緑がかった灰色で、年中強い風にさらされている。
真夏であっても時として肌寒く、泳げる期間はほんのわずか。
冬にでも来ようものなら、そのあまりの殺風景さに、どんな浮かれ気分も撃沈だ。
来るたびに、生まれ故郷の長崎の海とはなんて大きく異なるのだろうと溜息が出る。
一方が慈愛に満ちた母親なら、他方は無口で厳格な父親だ。

Knokkeという海辺の町の駅へ着き、目抜き通りを北へと進む。
海岸まで出ると、秋のまだ初めだというのに吹いてくる風は冷たい。
けれど幸いなことに今日はめずらしく空は晴れわたり、日差しの方はあたたかい。
海沿いの遊歩道には出店が軒を連ね、大勢の人で賑わっている。
そこを歩いた。

しばらく進むと、前方に見慣れぬ異様なものが見えた。
ゴロゴロと音を立てゆっくりと動いている。
「何だい?あれは...」
追いついてみると、それはとてつもなく大きな十字架だった。
見ればその下には押しつぶされるようにひとりの老婆...

十字架は2メートル以上はありそうだが、リュックみたいになっていて、底の方には車輪がついている。
それをその三分の一にも満たないくらいの小さなばあさんが背負い、何やらブツブツ言いながら引いて歩いているのだ。

「変てこなばあさんだなあ...」と横目で見ながら通り過ぎようとしたちょうどその時、悪童らが近づいてきて彼女を取り巻き、嘲笑い始めた。
思わずそいつらを「おーおー!」と睨みつけて追い払ったんだけど、その刹那、ばあさんと目が合ってしまった。
うわ、話しかけられたりしたらやばい、とすぐさま目をそらし先へ進んだ。

とても長い遊歩道の半分くらいまで行った頃お腹が空いたので、ニシンのサンドイッチ(これがとてつもなくうまい)を買って防波堤にすわって食べた。
食べててしばらくするとゴロゴロという音が近づいてくるのが聞こえた。
不吉な予感がしてその場を離れようと飲みかけジュースを飲んでたら、すでに十字架ばあさんがとなりに腰掛けていた。
「あれ、十字架は?」と振り返ると、道のど真ん中に置いてある。

ばあさんは傍に座ったものの、こちらの方は見ず、海へ向かい何やら意味不明の聖書か何かの言葉を唱え始めた。
合間合間に「croire,croire…」(信じよ、信じよ...)とつぶやいている。
横顔がとてもおっかない。
無下に立ち去るのも気が引けたし、かといって黙ってたら延々神様の話しが続きそうだったので矛先を変えてみることにした。

「あのう、十字架、重くないっすか?」

「ノン、ノン、ぜんぜん重くない」

なんだかまさに憑き物がおちたみたい、話しかけるなりばあさんは急に柔和な顔になると、「これは息子が自分のために作ってくれたんだ...」とこちらを見て話し始めた。

曰く...一見太い角材のようだが、実は丈夫な板でできており中は空洞で見た目よりもずっと軽い。
車輪は大切な部分なので一番上等なやつを買った。
息子は銀行に勤めてるが小さい時から粘土細工が好きで...

おそらくはとても自慢の息子なのだろう、これまた延々と彼のはなしが続きそうな気配だ。
どんな息子さんなのか少なからず興味がわいたんだけど、ふと気づくとここへ来たついでに訪れようと思ってた郷土美術館の閉館時間が迫っていた。
「ごめんなさい、用事があるのでもう行かないと..」といって立ち去った。

美術館の展示品は地元の作家のものばかり、未知の作品に少なからず期待してたのだけれど点数も少なく、あまり面白くなかった。

駅へと向かう道すがら再び陽の落ちかかった海岸にもどってみると、遊歩道と目抜通りが交わるあたり、あの十字架が見えた。
ばあさん、帰り支度をしている模様だ。
見つからないように隠れて様子を伺っていたら、驚いたことに十字架の先の部分がカパッっと開いた。
中に金具らしきものがあり、それをスクーターの荷台のとこに取り付けられる仕組みになっているのだ。

ゆっくりとスクーターに跨ると、ばあさんは十字架をひきずりながらガラガラガラ音立てて去っていった。
 
それを見送りながら、美術館はやめて、彼女の息子さんのはなしを聞けばよかったなあ、と後悔した。
ちょっと風変わりな母親に、丹精してそのようなものを作った息子のはなしを。

金子文子シリーズ その7

「天国に 地獄がほれて ほれられて 結婚したと カナリアうたう」

えっと、余計なお世話だと本当に思いますが、ちょいとばかし話をすると、18〜19世紀のイギリスに画家で詩人のウイリアム・ブレイクっていう人がいて、その詩画集に「天国と地獄の結婚」っていうのがある。
これがとってもいい。
で、ホイットマンとか読んでた文子はきっとブレイクも読んでいて、そいでもってけっこう気に入ってたんじゃなかろうか...と手前勝手に思いながら筆を動かしてたら、上のような絵ができちまったというわけだぞ。

金子文子シリーズ その6

「貧乏は 耐えてやるけど 私がね 私でおれぬ それは許せぬ」

さて、ここで”ツルシュン”こと鶴見俊輔登場!

人間はいつ自分になるのか。

 「人間は、生まれた時に、いきをする。手足を動かす。その時に木の枝などにぶらさがらせれば、結構ぶら下がれるそうだ。手をひいて歩かせれば歩けるそうだ。
 そういうことは、生まれてからすぐにまた忘れてしまうけれども、それにしても、私たちが自然に知ってること、なんとなく覚えてしまっていることは、じつにたくさんあるものだ。
 そんなふうにして、なんとなく私たちはことばを覚え、人間としてのいろいろのしぐさを覚えてしまう。それでけっこう暮らせる。
 ところがそのうちに、何か変なことが起こる。いままで自然に覚えたことでは、どうにもそこを超えられない。
 今まで自分にそなわった力では、それとかくとうしても、組みふせることができない。そういう恐ろしさの中から、あたらしい自分が生まれる。」
(「人が生まれる」鶴見俊輔)

続いて白川静さん登場!

「孔子の世系についての『史記』などにしるす物語は、すべて虚構である。孔子はおそらく、名もない巫女の子として、早く孤児となり、非賎のうちに成長したのであろう。そしてそのことが、人間についてはじめて深い凝視を寄せたこの偉大な哲人を生み出したのであろう。思想は富貴の身分から生まれるものではない。」
(「孔子伝」白川静)

ううう、二人とも、なんちゅう歯切れのいいシャキッとした物言い。
読むだけで背筋がぐいと伸び、何やら力が湧いてくるばい。

西郷さんシリーズ その63

春日八郎「なにしてんの?」

西郷「ちょと休憩」

春「それ、かっちょいいね」

西「あ、これ、チョンマゲドン」

春「チョンマゲドン...?変な名前...」

西「....」

春「スピード、どれくらいでんの?」

西「600キロ」

春「早っ...」

 「で、燃料は?ガソリン?電気?」

西「戊辰戦争で果てた東北武士の怨念」

春「怖っ...」

西「めちゃくちゃよく燃焼するんだ」

春「あ、そう...」

 「つか、あんたって、その東北武士を殺した側の棟梁じゃん?」

西「うん...」

春「で、こんな辺鄙な寒村に何しにきたん?」

西「慰霊...討たれて亡くなった侍たちの」

春「はん、罪滅ぼしっていうやつかい、へんてこな車に乗ってさ...」

西「車じゃない、チョンマゲドンだ」

春「まあ、どっちでもいいさ...」
 「ところで俺、歌うたいなんだ」

西「ああ、そう...」

春「一曲聞いてくれるかい?」

西「喜んで」

春「♪粋な黒塀 見越しの松に 仇な姿の洗い髪 死んだはずだよ お富さん〜♪」

西「ああ、なんか島の唄みたい、懐かしいなあ...」

nana sauvage 02

海の青さに眩んで倒れ
膝に鮮血ばんそうこう
剥がれて飛んで白い鳥

ってな感じかな...

と、済州島は西帰浦のピッチャンさん

coco子 その23

「何よこのマンガ、意味わかんないっ...」
えっ?あ、すみません。
むかしフランスにエディット・ピアフっていう国民的歌手がいて、その人の代表曲が「バラ色の人生」ってタイトルだったんです。
それでこんなマンガを...
ピアフの曲、とってもいいので聞いたことない方はぜひ。

と、いうことで、今回は同じ曲をグレイス・ジョーンズが歌ったやつです。
かっちょいいぞ!

「La Vie En Rose」Grace Jones

ところで数ヶ月前から、コラムニストの石原壮一郎さんのいかした文章に合わせ、1コママンガを毎日(土日はお休み)描くという仕事をやってます。
「ニュースパス」っていう無料のアプリをダウンロードすると見ることができます。
auの提供ですが、どこのどんなスマホでもバッチリ大丈夫!
バックナンバーも読めるので、ちょっとした気晴らしになかなかよかばい。

「ニュースパス」

西郷さんシリーズ その61

ところで、自分以外の人にとっては実にどうでもいいことなんですけど、現在進行中の絵のシリーズが、大きく分けて三つある。
西郷さんシリーズ、金子文子シリーズ、nana sauvageシリーズの三つだ。

で、今日からは文子シリーズと並行して、西郷さんシリーズやnana sauvageシリーズも気が向いたらこの場でぼちぼち紹介していくことにしたぞ。

で、上に掲げたのはそんな西郷さんシリーズ第2部の1回目(通しでは61回目)で、タイトルは、
「ゾンビを歌えティナ・ターナー!」

金子文子シリーズ その1

文子は獄中で少なからず歌を詠んでいる。
いずれも、とても強く人の心を打つ。
だからとういわけではないけれど、文子シリーズのタイトルは短歌風に五七五七七で行くことにした。
しかし、文子には申し訳なさすぎるが、あくまで短歌”風”で、その規則に従って戯れに言葉並べただけの、すっごくたわいないものです。
なので、ふふんと鼻で笑って受け流してください。

と、いうことで、今日はその一回目、タイトルは、

「ピストルに タマの代わりと 歌こめて うてばみなさん ごりんじゅう」

インスタ

スマホがタッチパネル式ではなくて、ダイヤルだとかボタンとかねじ式で、ガチャンとかギギイとか音がしてもっと手応えがあれば使ってるんだけど、いくら打てども響かない、タップ、フリック、スワイプと指先動かしてると次第に指紋が剥がれて自分が無くなってしまうように感じる、という他人から見ればたいへんしょうもない理由で相変わらずのガラケーのみの生活だ。
それでまったく不便がない。
しかしこちらは不便がないんだけど、スマホな生活をしていないがため、周囲に少々迷惑をかけたりすることがある。
スマホ生活してりゃ当たり前のことが通じなかったりわかんなかったりする時だ。すみません。
 
ところで先日、HPを新しく作り変えてもらったのを機に、友人に勧められるがままインスタをやり始めた。
表現活動を行う人間の末席にいるものとして、できた作品はより多くの人に見てもらいたいからだ。
けど、インスタはスマホ用に開発されたアプリだそうで、それを自分みたいにPC上でやるとなると使えない機能だとか不具合が少なからずある。
かつ、SNSを通じての人との関わりが不得意、不慣れということもあり、今のところ、自らが描いた作品を一方的に見てもらうというだけの横着な使い方だ。
それで、「こっちは、”いいね”とかフォローとかしてんのに、そっちはシカトかよ、ちっ...」と感じる方が今後現れないとも限らない。
(と、家人に言われた)

そんな方には本当にすみません。以上のような訳なのでご了承いただければ幸いです。
大多数の方々にとってはどうでもいいことですけど...

ハーモニーさん

ずいぶんと前、縁あって沖縄で個展をやったことがある。
それは2週間ばかし続いたが、期間中はトイレや洗面所が共同の一泊数千円の安宿に連泊した。
冬場というので泊まり客は少なく、それもたいていはすぐに入れ替わったが、一月近くも滞在しているという男の人がいた。
二階の廊下の突き当たり、薄暗いとこにあるドアの向こう、隣の隣の部屋だ。

泊まり始めて2、3日経つと頻繁に顔をあわせるようになった。
こちらが洗面所に立つ度に、待ち構えていたかのようにすっとドアが開き、出てきて自分も歯を磨くのだ。
しかも驚いたことに、踊りながら。

板張りの狭い廊下、軽快なステップを踏んで歩き、ときに回転し、足を宙高くピンと上げる。
歯ブラシはずっと口にしたままだ。
ヨダレは垂れてない。飲み込んでいるのかな...あ、たまに思い出したかのように2、3回シュシュっと歯を磨いてる。

ものすごーく奇妙でめちゃくちゃにおかしい。
しかし、黒縁眼鏡の奥の瞳ときたら真剣そのものなので、笑うことなどできない。
滑稽さにその真剣さが打ち勝っている、つうか、滑稽さが真剣さでできているので、笑いが殺されてしまうのだ。
こりゃあ深沢七郎の小説みたいだぞと思った。

最初のうちは若干薄気味悪いということもあり、関わったりしたら面倒だと、見て見ぬ振りをしたり、または会釈だけして部屋へ逃げ帰っていた。
しかし、これが何回も続くとなると、さすがに声をかけずにはおれなくなった。

「あのう、ここにはもう長く滞在してらっしゃるんですか?」
それまで無表情だったのが花開くみたいにニッコリ笑って、
「ええ、ここにはピアノがありますから...」
たしかにその安宿には場違いな古いピアノがあった。

聞くところによると、歳は38、年上と思ってたら同年代だ。
音楽史や音響学、楽器やその演奏法、歌や舞踊、とにかくいろーんな音楽にまつわることを長年研究してきたらしい。
そして今はというと数年前からバーやクラブでピアノを弾いて生計をたてながら、あちこちを放浪し、自分の理想とする音楽を追求しているという。

「あのう...理想とする音楽って、いったいどんなもの...」
「ハーモニーです!」
「は、ハーモニー...」
「そうです、ハーモニー」

兎にも角にも音楽にはハーモニーが大切なんだそうだ。
何やら門外漢には難しい専門的な用語を並べながら延々と話し続ける。
内容はきれいさっぱり忘れてしまったが、随所にちりばめられた”ハーモニー”という言葉、
まるで取り憑かれたように繰り返し口をついて出てきたその言葉だけが、何かの呪文みたいに耳に強く残った。

知識も経験もとっても豊富そうで、大学に残って適当に研究したり、学生相手に教えてれば楽な生活だろうに...
折れたのをセロハンテープで補強した眼鏡をかけ、くたびれたトランク一つが道連れの安宿暮らし。

「いつも踊ってるのはなんですか?」
「タンゴです」
「はあ、タンゴですか...」
「ちょっと立ってみてください」
「え?は、はい...」
「じゃあ、基本のステップを教えましょう!」
と、やおら手を取る。
小さく柔らか、冷んやりしてる。

それから真夜中の廊下を行ったり来たり。
端っこまでくるとキユッと勇ましく回転、向きを変える。
幾度も繰り返す。
ハーモニーさんの口は固く閉じ大真面目。
たまたま泊まり合わせた素性もわからぬ男に教えながら、
自らも何かを学ぼうとしている様子だ。

それにしても折れたメガネに七三にきっちり撫で付けた髪、ぷりぷりしたお尻、見れば見るほどおかしい。
けれどもやっぱり、別にこらえてるわけではないのに笑うことができない。
彼が真剣そのもので、己が人生をかけて何かを求めようとしているその切実さがひしひしと伝わってくるからだ。

ふと気がつくと踊ってる自分とは別の自分が天井あたりにいた。
天井から眼下で生真面目に踊る七三と坊主の奇妙な男二人を見ている。

真冬の南の島、安宿二階の薄暗い廊下を行ったり来たりする滑稽のかたまり。

ビクトルヶ原

うちの両親の出は二人とも農家であった。
代々、西海を望む狭い土地に米やら野菜、蜜柑なんかを作ってきた。
自分が幼い時分は盆正月以外にも事あるごとに通っていたので、干し草の上で遊んだり、鶏追いかけ回したり、畑にナスやキュウリを取りに行った思い出が強く残っている。
今も親類縁者には農業を営む者が少なからずいる。
なので、帰省した折に「今年はえらい暑かったけん、徳一っちゃんとこの蜜柑はあらかたダメにならしたってばい、大事(おおごと)ばい」とかいった会話になることも多い。

そんなこともあり(そんなことなくったって、日々ここに暮らしてりゃ)、「種子法」がこの4月に廃止になった時には、少なからず怒りがこみ上げてきた。

「え、なんで怒るん?」「種子法廃止ってどゆこと?」という方も多かろうと思う。
なので唐突で申し訳ないが、さる雑誌にのった三橋貴明さん(経世論研究所所長)のインタビュー記事を以下にのっけます。
簡潔で分かりやすいと思ったからです。
けれど、一番大切な要点だけなので、「おお、そうだったのか、めちゃやばいじゃん!」と思ったならば、自力であれこれ調べてみよう!

── 種子法廃止法案はなぜ問題なのですか。

三橋 「モンサント法」だからです。モンサントは世界の遺伝子組み換え(GM)種子市場で90%以上のシェアを誇る独占的な企業です。

 GM作物には大きな問題があります。まずは食の安全が脅かされます。アメリカではモンサントのロビー活動の結果、FDA(米医薬食品局)によってGM食品は既存の食品と実質的に同等だから安全だと認められましたが、「実質的」の定義は厳密に評価されていません。GM食品が本当に安全かどうかは分からないのです。

 たとえば中国では、共産党上層部は自分たちのための農場「特供(特別供給基地)」を経営して、安全な食べ物を食べています。一方、アメリカでは金持ちは高価で安全な食べ物が食べられますが、貧乏人は安価で粗悪な食べ物しか食べられません。食の安全が崩壊すれば、日本も一部の特権階級しか安全なものを食べられない国になります。

 さらに、食糧安全保障が崩壊します。モンサントはGM種子の特許を持っており、収穫物からの種採りを認めていません。モンサントのユーザーの農家は毎年種子を買わなければならず、種採りをすると特許権の侵害として訴えられてしまいます。モンサントは種子の特許によって世界中の食糧を支配しようとしていると言っても過言ではありません。

 安倍政権の農業政策には食の安全や食糧安全保障という発想が欠落しているため、最終的に日本は他国に食糧を依存することになります。外国が不作になったらどうするつもりなのでしょうか。

 何より問題なのは、生態系そのものが歪められることです。GM作物を栽培すると、花粉が飛散し、在来種と交配してしまいます。たとえばメキシコではGMトウモロコシを栽培していないのに、奇形のトウモロコシが大量発生しました。そこで在来種を調べたところ、確認した全てのトウモロコシがGMトウモロコシの遺伝子を持っており、純粋な在来種は発見できなかったそうです。

 仮に日本でGMコメの栽培が始まれば、日本古来の在来種が汚染されてしまい、永遠に失われてしまうでしょう。食の安全や食糧安全保障の問題は取り返しがつきますが、生態系の汚染は取り返しがつかないのです。

 種子法廃止法案は、このようなモンサント支配に道を開く「モンサント法」なのです。……

(月刊日本2月号増刊「日本のお米が消える」掲載)

うひゃあーっ。
一企業、一部の人間の営利のために、地球、めちゃくちゃにすんなよな、って話ですよね。
トウモロコシに勝手に触んなよ、小麦に勝手に触んなよ、俺に勝手に触んなよ!

と、いうことで怒り静めに描いた絵が上の娘です。
一見か弱いですが芯は強いです。心にはいつもこの歌が流れてます。

「耕す者への祈り」Victor Jara

ゴッホの墓参り

ずいぶんとむかし、まだベルギーに住んでた時分、日本からパリヘ友人が遊びに来るというのでTHALYS(国境越えていく新幹線みたいなやつ)に乗って会いに行った。
詩を書いてるその友人ともども、大のゴッホ好きだったので、じゃあ彼の墓参りに行こうということになった。
墓はパリ近郊のオーヴェールにある。
彼が自殺前の数カ月を過ごした時、そこは夏だったんだけど、当日は雪が舞い、この上ないくらい寒かった。
案内を頼りにいくと体育館くらいの広さの墓地に行き着いた。

ゴッホとその弟テオの墓は他の大きな墓石たちに隠れ、隅っこのほうにひっそりと立っていた。
小さなふたつの墓石がちょこんと並んでいる。
見た途端、とっても不思議な感じがして、「あれ?これと同じ感じ、前にどっかで...」と思っていたら、それは数年前に遠くから見た沖縄は久高島の” 御嶽(うたき)”だった。

森の中の小さな広場、端っこに何個か石を積んである。ただ、それだけの場所。
教会や神社など 「聖地」と呼ばれる立派なところとは比べようもないくらい簡素な場所。
しかし、その”何もない”空間には、「神聖さ」としか言いようもない、濃くて柔らかな気配が漂っていて、静かで深い感動をもたらした。

不思議だけれどゴッホとテオの墓はそれとまったく同じような感じをもたらした。
気づいたらいつの間にか頭を垂れ手を合わせていた。
立ち去ろうとする時、友人が「写真、とれんかったよ...」とポツリつぶやいた。
彼女も似たような心持ちになったのだと思う。
 
その後、ゴッホが描いた風景を訪ね歩いた。
いったいどんなに美しい自然で建物なのだろうかと期待していたのだが、そこにあるものはあっけないほど何の変哲もないただの麦畑に、ごくふつうの教会だった。
季節が違うことを差し引いても、黄色にうねる麦畑や、炎のように揺れる教会は現実の有様とはあまりにかけ離れていた。
 
ゴッホが描いたもの、それらはもともと画家の内にあったものなのだ。
というか、画家の内にある強い何ものかが、はるか天空のどっかから呼び寄せたものだ。
眼の前にある描く対象などどうでもよく、描いてる人間の”人間”が問題だ。
(彼の絵の中ではまるで”茶褐色の激流”のように描かれている)どこにでもある平坦な道の上に立ち、そんな風にあらためて強く感じた。
彼がその筆で描いたのなら、路傍の石ころひとつ、スマホやパソコンでさえ、まるで向日葵のように生き生きと黄金に輝くのだろう、とそう思った。

ところで、ゴッホとテオの墓の周りにはたくさんの蔦が絡まっていた。
真冬だというのに、青々と小さな葉を広げている。
「ごめんなさい。大事にしますから」と心の中でつぶやいて、その一枚を引きちぎり懐にしまった。

それから十五年、その葉っぱは、今もずっと財布の中に入っている。
久しぶりに取り出して日に当てた。それが上の写真です。

金子文子シリーズ開始

ところで、いきなり金子文子って言われても、「えーっ、誰なん?」って感じですよね。
それで手っ取り早く、かつズルくて申し訳ないが、Wikipediaに紹介してもらうとざっと以下のような感じになる。

「金子 文子(かねこ ふみこ、1903年1月25日 – 1926年7月23日)は、大正期日本の社会主義思想家で、アナキストおよびニヒリストである。
関東大震災の2日後に、治安警察法に基づく予防検束の名目で、愛人(内縁の夫)である朝鮮人朴烈と共に検挙され、十分な逮捕理由はなかったが、予審中に朴が大正天皇と皇太子の殺害を計画していたとほのめかし、文子も天皇制否定を論じたために、大逆罪で起訴され、有罪となった。(朴烈事件)後に天皇の慈悲として無期懲役に減刑されたが、宇都宮刑務所栃木支所に送られてそこで獄死した。」(Wikipedia)

最初に彼女のことを知ったのは20年ほど前、創刊間もない雑誌「週間金曜日」に載ってた小さなコラムでのことだ。
そこで加納美紀代(近現代の日本女性史が専門の学者)が彼女の獄中手記の一部を引用していた。
何気なく鼻歌交じりに読んでたが、すぐさま絶句した。

こんな文章だ。(件のコラムではもっと端折ってあったと思う)

「民衆のために」と言って社会主義者は動乱を起こすであろう。民衆は自分たちのために起ってくれた人々とともに起って生死をともにするだろう。そして社会に一つの変革が来ったとき、ああその時、民衆は果たして何を得るであろうか。

指導者は権力を握るであろう。その権力によって新しい世界の秩序を建てるであろう。そして民衆はその権力の奴隷とならなければならないのだ。然らば××(革命)とは何だ。それはただ一つの権力に代えるに他の権力をもってすることにすぎないではないか。

初代さんは、そうした人たちの運動を蔑んだ。少なくとも冷ややかな眼でそれを眺めた。
「私は人間の社会にこれといった理想を持つことが出来ない。だから、私としてはまず、気の合った仲間ばかり集って、気の合った生活をする。それが一ばん可能性のある、そして一ばん意義のある生き方だと思う」と、初枝さんは言った。
 
それを私たちの仲間の一人は、逃避だと言った。けれど、私はそうは考えなかった。私も初代さんと同じように、すでにこうなった社会を、万人の幸福となる社会に変革することは不可能だと考えた。私も同じように、別にこれという理想を持つことが出来なかった。

けれど私には一つ、初代さんと違った考えがあった。それは、たとい私達が社会に理想を持てないとしても、私達自身の真の仕事というものがあり得ると考えたことだ。それが成就しようとしまいと私達の関したことではない。私達はただこれが真の仕事だと思うことをすればよい。それが、そういう仕事をする事が、私達自身の真の生活である。
 
私はそれをしたい。それをする事によって、私達の生活が今直ちに私達と一緒にある。遠い彼方に理想の目標をおくものではない。
(以上)

すぐさま近所の本屋さんへ飛んでって、その手記「何が私をこうさせたか」を注文した。
数日後手元に届いた。
読んだ。
読んで、西郷と同様、その独自の思想、人格、生きる様にとても強く惹かれた。

文子がいうところの「真の仕事」というのは、西郷がいうところの「天命」とほぼ同じ意味なんではないかと勝手に思った。
もちろん、それは別に”維新”とか”国政”とか、”医学”とか”芸術”とか、そんなものである必要はない。
自分自身がそれを”己が真の仕事”、”天から授かった仕事”だと思うなら、会社勤めや家事なんか、ごく普通のことだっていっこうにかまわないだろう。

ともかくそれから20年、いつの日か文子といっしょに何かやりたいなあ...と常々思っていた。

常々思ってたら、西郷さんシリーズがひと段落ついた。
おお、いい頃合いだぜ、とやおら描き始めたというわけだ。
(つうか、こういう日本の有様なので、精神の健康を保つためには西郷さんの力だけでは足りなくなってきた。)

絵を描く時の心持ちは、西郷さん描く時と全く同じだ。
文子は、絵を描くための題材でもテーマでもない。
例えていうなら、燃料だ。
金子文子という燃料で、筆がばんばん走る。

したがって「アジサカさんは文子の思想のどんなところに共感されたのですか?」とか、「文子を描くことによって、人に何を伝えたいのですか?」とか、尋ねられても、あんましうまく答えられない。自分でもよくわからない。
ただ一言、「文子は燃料だ。よく燃える。」と言う他はない。

そして付け加えるなら、行き先を指し示したり、道を明るく照らしたり、快適な乗り心地やかっちょいいスタイルを提供するような思想はけっこうあるけれど、自らが動く、その力の源となってくれるような思想、つうか人格は、そうざらにはないように思う。

さて、これから描かれる絵の中で、文子は怒ったり泣いたり笑ったり飛んだり跳ねたり歌ったり踊ったりするだろう。
バイクで疾走し官憲ぶん殴り、着物乱して好きな男に媚態つき、野辺に寝転び読書三昧するだろう。
ビキニてビーチでサングリアとか飲んだりするかもしれない。

文子の思想や生き方に共感し寄り添う人が見たならば、「なんて軽薄な...彼女に対する侮辱だろう」と眉を顰めるかもしれない。
けど、あらゆる権威というものに反抗した当の文子が、反権威の”権威”になっちゃあ本末転倒だ。
それに、虐げられ虐げられ苦労して苦労して、わずか23歳で死んだんだもの、後世の場末の絵描きの絵の中でくらい、自由に思う存分はっちゃけてもいいだろう。

たはむれか はた真剣か 心に問えど 心答へず にっとほほ笑む
(金子文子)