金子文子シリーズ その6

「貧乏は 耐えてやるけど 私がね 私でおれぬ それは許せぬ」

さて、ここで”ツルシュン”こと鶴見俊輔登場!

人間はいつ自分になるのか。

 「人間は、生まれた時に、いきをする。手足を動かす。その時に木の枝などにぶらさがらせれば、結構ぶら下がれるそうだ。手をひいて歩かせれば歩けるそうだ。
 そういうことは、生まれてからすぐにまた忘れてしまうけれども、それにしても、私たちが自然に知ってること、なんとなく覚えてしまっていることは、じつにたくさんあるものだ。
 そんなふうにして、なんとなく私たちはことばを覚え、人間としてのいろいろのしぐさを覚えてしまう。それでけっこう暮らせる。
 ところがそのうちに、何か変なことが起こる。いままで自然に覚えたことでは、どうにもそこを超えられない。
 今まで自分にそなわった力では、それとかくとうしても、組みふせることができない。そういう恐ろしさの中から、あたらしい自分が生まれる。」
(「人が生まれる」鶴見俊輔)

続いて白川静さん登場!

「孔子の世系についての『史記』などにしるす物語は、すべて虚構である。孔子はおそらく、名もない巫女の子として、早く孤児となり、非賎のうちに成長したのであろう。そしてそのことが、人間についてはじめて深い凝視を寄せたこの偉大な哲人を生み出したのであろう。思想は富貴の身分から生まれるものではない。」
(「孔子伝」白川静)

ううう、二人とも、なんちゅう歯切れのいいシャキッとした物言い。
読むだけで背筋がぐいと伸び、何やら力が湧いてくるばい。