「小さな車」

昭和の9年に生まれた父は、今年の6月で88歳。年相応に身体も頭もヨボヨボだ。
先月、久しぶりに実家へ帰った際、縁側でうたた寝してるのを引っ張り出してきて五目並べをやった。
そうしたら結構できたので、「まだそんな頭の残っとらしたね」と、父より六つ年下の母が感心していた。

戦後間もなく工業高校を卒業した父はバス会社に就職、定年までそこの観光課で働いていた。
最後の役職はどこかの営業所の所長だった。
そんな父の歴代の車を古い順から並べていくと、スバル360→スバルR2→マツダシャンテ→ダイハツクオーレ→トヨタスターレット→トヨタヴィッツ。
最初の4台は軽で、最後の2台は1000ccくらいの小型車だ。
”所長さん”なんだから、もうちょっとおっきな車に乗らんとカッコがつかんばい、という周囲の言葉なんかは気に留めず、「故障せんでしっかり走ってくれりゃそれでよか」と免許証返すまで、ずっとちっちゃな車を運転していた。

ちっちゃな車といえばもうひとつ印象に残っている記憶がある。
数年前、大分で田舎暮らしをやっている旧友から、かつてトヨタで自動車のデザインの仕事をしていたという近所に住む初老の男性を紹介された。
聞けば、名だたる昭和の車のデザインに関わってこられた方で、当時の現場の様子や、現在アドバイザー的な役目を引き受けているレクサスのデザインのことなど、いろいろ話を伺った。
とっても面白かった。
自分みたいな素人のとぼけた質問にもスッキリ明快に答えてくださって、「ううむやはり一流の人は凄かばい...」とひとり頷いた。

で、興味津々に「ところで今はどんな車に乗ってらっしゃるんですか?」と聞いてみた。
「あ、ダイハツの軽です」
クラウンとかレクサスとかのいわゆる高級車、もしくはデザインの美しい西欧の古い車とかに乗ってらっしゃるものだと思っていたので、びっくりした。
「だって小さいので十分事足りますから...」

さて、自分自身のことについていうならば、もうかれこれ30年以上、車を所有していない。
学生時代は分不相応に初代のアウディ100なんかを転がしていた。
最後の車は、パリに住んでた20台後半にごく短い間だけ乗っていたフィアット126。
この車には苦い思い出ばかりで、それが主な理由で生涯車は持たないことに決めた。

とは言っても、必要とあらばレンタカーを借りて乗るし、かっこいい車を眺めるのも好きだ。
好きなんだけど、最近はかっこいい、味のあるデザインの車をとんと見なくなった。

それでここ数年、人物や花の絵を描く合間、「ああ、こんな車があったらいいのになあ...」と思って筆を動かしていたんだけれど、気がついたら、そんな車の絵が数十枚になっていた。
せっかくなのでまとめて展示することにした。
「でも、車の絵だけじゃあ物足りないよなあ...」
ということで、最近描いた人物画も同じ数くらい並べることにしました。
全部で70点くらいの展示になる予定です。

アジサカコウジ冬個展 2022
「ENZIN (エンジン)」

会期:2022年12月10日(土)~2023年1月9日(月)
時間:13:00-19:00
休日:月・火曜日、12/26~1/5
場所:EUREKA 福岡市中央区大手門2-9-30-201
TEL:092-406-4555
※期間中毎週土・日曜はアジサカが在廊しております