「ふりかざす ひとりきたえた いしのけん ひよるやからを こっぱみじん」
文子の腰巻に「太」っていう文字が縫い込められてますが、これはおそらく当時、「不逞」という言葉を使うとお上にしょっ引かれるので、その代わりに「不逞→太ぇ」って言い換えて用いていたものと思われます。
ところで鶴輔の晩年の著作に「不逞老人」という名を冠するものがあるけど、何ともいいタイトルだよなあ。
つか、世に歯向かうの、自分ではできないもんだから代わりに文子ばかりにやらせてすまん。
これでどうにか気狂いにならずに済んでます、恩に着るぜ。