天体観測

大学2年の春、中国拳法部に身をおきながらも天文観測同好会というのに掛け持ちで入ることにした。
とは言っても、天体のことに興味があったわけではない。
星座だってカシオペア座くらいしかわからないし、月や星へ行ってみたいという人の気持ちも全く理解できなかった。

小さい頃読んだ物語に、子ぶたを乗せたロケットが宇宙の果てを目指してずうっと飛んで行くという話しがある。
子ぶたの行き着いたとこはレンガの壁で、そこには「ここから先は行けません」という札がかかってるというオチなのだが、ひどく恐ろしかった。
レンガ塀に閉ざされた世界というのも恐いし、レンガの壁の向こう側を考えるというのも身が凍るようだった。
そんな具合に、夜空というのは自分にとって、それがきれいな光りを散りばめた、ただの大きな天井であるまではよかったが、”無限の宇宙”となるのは気味が悪く、関わりあうのを避けたかった。

そんな天文嫌悪の人間が天文愛好に転じようとしたのは、その小さな同好会につぶぞろいの可愛い娘が在籍しているとの情報を得ていたからだ。
つまり、拳法部のあまりの女っ気のなさにうんざりし絶望していたので、この部に入り、それに付随した飲み会やレクレーションへ参加して娘たちと仲良くなろうとしたわけだ。
とっても不純だ。
しかし、若者の生き筋としては至極真っ当だろう。
 
部活は週に2回、部長のぼろアパートで行われていた。
畳に不釣り合いな大きな天体望遠鏡が据えてある。
うむ、確かに可愛いコが数人いる。
最初、見学ということで黙って話を聞いていた。
複雑な図面を手に意味不明の言葉で話すばかり。ちんぷんかんぷん、ちっとも面白くない。
そんなことをじっと2、3回我慢してたらやっとこさ新歓コンパの日となった。
一番かっこいい服を着、めかして行った。

ところが酒に酔うと人は正直になるからいけない。
しばらくすると、星などにはまったく頓着しないばかりか、内心、星なんて眺めてる奴らは軟弱だと小馬鹿にしてた”エセ硬派”は、真面目に天文やってる男子部員らと言い争いをはじめていた。

そうして挙げ句の果てには焼き鳥屋の店内で掴み合いになっていた。
酔ってるとはいえ、こちらは組み手をするのが日常なので抑制もきく。
グーはまずいと平手で応戦してたんだけど、相手ときたら加減を知らぬ天文専門が6人。
盲滅法いっせいに殴りかかられ、のされてしまった。

気付くとマンガみたいに頭の上で星がまわってる。
ああ、きれいだなあ...

天文部の部活中、実際に星を見るのはそれが最初で最後だった。