金子文子シリーズ その39

「でもくらし つちをたがやし たねをまき さくもつつくる どみんせいかつ」

さて、今回はいきなり石川三四郎登場。
気が向いて高島野十郎自画像風に肖像画を描いてはみたがイマイチ、つうかイマジュウだぞ。
ところで木下尚江に「石川は、翁に対しては殆ど駄々ッ児のやうに親しんで居た」と書かれた三四郎と田中正造翁の間柄だけど、三四郎が田中正造の思い出について記した文章の中で一際強く心に残ってる部分がある。

『ある時翁は、何度目かの官吏侮辱罪で栃木の監獄に入り、木下と私と面会に行くと、最初に要求されたのが聖書でありました。私達が種々の注釈書によって聖書の研究をするのに対し、翁はただ自分で直読するのでした。しかし、その解釈は活きていました。翁は善いと思ったことは直ぐに実行に移し表明するのを常としました。ところがその直感に就いての説明には、いつも苦しみました。ある時、翁は谷中村のある農家に「人道教会」という看板を掲げました。それは今までの政治運動をきっぱり止めて、人道の戦いと修業とを始めるというのでありました。ところが、その「人道」とは何ぞや、ということになって簡単明瞭な説明が見当たらず、私が訪問すると、直ぐにその質問です。私が「人道とは人情を尽すの道ということです」というと膝を打って喜びました。それから私が、人情の説明にとりかかると、翁はそれを制して言いました、「いや人情ということで十分です。それ以上に付け加える必要はありません」。まことに単刀直入を喜ぶのでありました。』(石川三四郎著作集 第8巻)

「虎薔薇ヶ原」(新・西郷その13)

えーん、えーん
ちくしょう、ちくしょう...

おい、おまえ、どうした、何を泣いてる?

おお虎よ聞いてくれ
昨晩、寂しかった俺の心の庭に真っ赤な薔薇が咲いた

おお、それは良かったな

ところがだ、その薔薇には鋭く尖った刺が無数についてて
俺の心をブスブスと突き刺すのだ

ああ、そりゃあ痛いな...

うむ、痛い、けど綺麗だ
それが口惜しくて泣いている

そうか、よしよし...

痛い、痛いぞ
撫でるんならどうか爪は立てずにそうっと...

おお、すまん、こうか?

ああ、そうだ、ありがとう

ってな感じの絵です。

金子文子シリーズ その38

「あんたらが なんといおうが なにしよが あたしはあたし ぼうじゃくぶじん」

ずいぶんとむかし、今世紀初頭、生まれ故郷の佐世保の街ではじめて個展をひらいたとき、美術をやってるという高校生がふたり、絵を見にきてくれた。
彼女らは互いのことを”トッコ”、”ほーちゃん”、と呼び合っていた。

それから20年近く経った今、トッコは東京で現代美術作家として活動している。
アクリル板を削ってミステリアスで美しい作品を作り、あちこちで個展をやっている。
HIROKO TOKUNAGA

一方ほーちゃんは、地元に残りイラストを描きながら、「石木川まもり隊」(人や自然にとって極めて必然性の乏しい、いわゆる”ダムのためのダム”と目される石木ダムの建設に反対する同盟)の中核の一人となって活動している。
石木川まもり隊

そんな二人のこと思い出してて気がついたらこんな絵ができちゃったー、あれれヘンテコリンだな...ていうのが今回の絵です。
何だか訳がわかんないので「金子文子シリーズ」に入れることにしたぞ。
文子よ、相変わらずテキトーですまないっ。

そしてどうでもいいことですけど、ちょっと古いですけど、今年の梅雨には私的にはこの曲だ。

「海と花束 」きのこ帝国

「ぶち上げ要塞ヤポネシア号」(新・西郷その12)

「ぶち上げ要塞ヤポネシア号の歌」

死んでいった者たちへ
鎮魂の歌を運ぶのが俺の仕事

両の脇腹にはどでかいウーハー
メロウでファンキー、サイケな音楽

曇った空にがなり立て
湿った土に捻り込む

奴らはふかふかベッドの真ん中
よだれを垂れて寝ぼけてる

虫ケラみたいに踏み潰されて
死んでいった者たちは
灰色の空の下
俺の歌を聴く

お、墓石たちが揺れ出した

死者の心は鎮まるどころか蘇り
殺した奴らに呪いをかける

歌に合わせて呪いのダンスだ
ガタゴトガタゴト
ガタゴトガタゴト

さあ、ひと踊りしたら
一緒に焼酎のもう

blogcontact