
「好きなタイプの人」
週に3回、月水金、9時半から10時半まで近所のジムのプールで泳ぐ。
今日は同じコースに見慣れぬ速い男がいて、負けじと競っていたら不覚にも足がつってしまった。
かっちょ悪いのでそそくさと早めに切り上げ、ジムを後にした。
いつものように帰り道にある八百屋さんへ寄って、店頭のトマトやピーマンなんかをカゴに入れてたら、奥からキャベツの入った段ボール抱えて出てきた店の兄さんがぶっきらぼうに言った。
「うち、11時からなんですけどね...」
ああ、そうだったのか、知らなかった。
いつもは10時半過ぎまで泳いでから来るので11時の開店直後に来ていたということになる。
今日は早く着きすぎた。
「あ、すみません、出直します」といって野菜を戻そうとすると、
「あー、いいですよ」
と、キャベツをめんどくさそうに並べながら呟く。
やれやれ、「あー、いいですよ」じゃないだろう。
しょうがないよな...
こちとら週に2回は必ずきてる。
言うなれば”お得意さん”の部類に入る上客だ。
実に商売が下手だよなぁ。
もうちょっと愛想よくすればいいのに。
さて、この八百屋の兄さん。
歳の頃は40歳半ばくらい。十中八九独身。
小柄で太ってて、キツネに騙されてふてくされたタヌキみたいだ。
ヘヴィメタ好き、つうかヘヴィメタっぽい雰囲気が好きらしい。
だって、いつもそんな服、黒色で変な刺繍が入った帽子やらジャンパーを着てる。
あと、たまにスーパー横の宝くじ売り場で見かける。
店は家族経営で店に立つのは主に彼だけど、両親と妹の姿も時々目にする。
田舎に畑を持っていて、市場で買い付けたもののほか、自家栽培の野菜も多く売っている。
野菜作りの方は主に父親がやってるみたい。
他では稀だったり高かったりする野菜も手軽に買えてとても重宝している。
ただなんというか、店を仕切る彼があと少し親切だったら、もっと繁盛するのになあ、と思う。
だって、こっちが挨拶しなきゃ「いらっしゃい」も気が向いた時にしか言わない。
親に対する口の利き方も、なかなかにぞんざいだ。
大変に困るのは、野菜をカゴに入れてレジまで持って行くと、手当たり次第にレジ打ちして台の上に置いていくことだ。
こちらは置かれたものを持参したバッグに入れていくわけなんだけど、最初に小ネギやシソやイチゴを渡されても困る。
そんなの最初に入れたら潰れちゃう。
なぜ、先に、ジャガイモやにんじんやカボチャなど、重くて頑丈な野菜をくれないのか。
結局、全部の野菜がレジ打ちして並べ終わるまで待っていなけれならない。
駅前の八百屋さんなんて、テキパキ愛想のいい姉さんが、「袋入れますね!」と笑顔で入れてくれるぞ。
こっちが袋詰めしてると「さっさとやんなよ、あとがつかえてんだから...」ってな感じで見てる。
「レジ打ちするまでが俺の仕事。その後は知らないぞ」と虚勢を張ってるみたいだ。
さて、そんな彼が一度だけ話しかけてきたことがある。
何回か続けてたくさん買った時だ。
例によって雑なレジ打ちをしながら
「野菜お好きなんですか?」
いきなりのヘンテコな質問にびっくりして
「あ、はい...」と答えると
「野菜って、身体にいいっていいますもんね...」
以上だ。
すごいだろう。
バスに乗ってたら運転手さんに「バスお好きなんですか?」
「バスって、速く移動できるっていいますもんね」
と言われたり、
神社でお参りしてたら神主さんに「神社お好きなんですか?」
「神社って御利益あるっていいますもんね」
って言われる感じだ。普通は言われないけど。
つまり、なんと言うか、彼はすごく口下手、人付き合いが苦手なのだ。
親切にしたくても、うまくできない野暮な人間なのだ。
土に近い。野菜と同じだ。
ジャガイモがジャガイモを売っている。
そう、俺がいちばん好きなタイプ。
ああ、こんな店が近所にあって良かったなあ...
と、いうようなことは彼が知る由もない。
このようなブログやインスタなど絶対に見ないし、個展などにも金輪際現れることはないだろう。
その人のことを思い出すなら、心がほてって、直ちに筆を押す力が増すような人、
自分が最も好きなタイプの人、
そんな人には自分の描いた絵は届かない。
それが言い過ぎならば、
届きにくい...
あ、でも今度、個展のDMそっと渡してみようかな。
(今回掲げた画像は、友人の骨董屋で見つけた染付の皿です)